『コミュニケイションのレッスン』だいわ文庫
「コミュニケイションは技術」という視点から、鴻上さんが「30年間、演出家をやりながら、ずっとコミュニケイションに関して考え、実践してきたこと」が書かれている本です。
そして、コミュニケイションとは、情報と感情をやり取りすること。具体的には「聞く」「話す」「交渉する」と言う3つの技術の視点から、分かりやすくアドバイスされています。
ここでは、前回のその1【聞く】からの続きで、その2【話す】、【交渉する】について、心に残った点を書き留めています。
【話す】情報の渡し方は「全体」から「細部」P149
鴻上さんは、「全体」から「細部」の情報の渡し方を映画の風景描写の順序を例えに使って紹介されています。確かに!!映画やドラマを観ていると、オープニングのシーンなどでは一番広い視点での描写からスタートしていること多いですよね!
映画は、基本的にはまず、一番広い風景から映します。街並みの風景が映って、次に一軒のレストランが映って、最後に厨房で働く主人公が映ります。どんな街なのか、どんなレストランなのか、そこを説明しないと主人公の状況が理解されないからです。
でも主人公に感情移入してしまうと、いきなり、主人公の細かな特徴から話したくなるのです。でも、ぐっと我慢して、全体から話すのです。
『コミュニケイションのレッスン』鴻上尚史(だいわ文庫) P149
そして、つい、自分の頭の中で話が出来上がってしまい、話したい衝動に駆られてしまうと、いきなり、その段階を踏まずに勢いで話してしまうことが…と自分を振り返ってみると心当たりが。このことを、常に頭に置いて伝えられるようになりたいと思います。
【交渉の理想型とは】
日本では、近江商人の「三方よし」の考え方が有名です。「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方がよくなければ商売ではないというものです。
【交渉する】「サブ・テキスト」P258
【相手の言葉にならない言葉を知る】
「交渉する」時は、相手が本当は何を思っているのかという「サブ・テキスト」を探ることはより重要になります。相手の声にならない声に耳を傾け、相手の言葉にならない言葉を知ることが、交渉ではとても大事です。人間はいつも全てを語るわけではありません。
相手と話していて、相手が言っていることに一応の対応策を出しているのに、相手の反応が薄い時、一応の解決策を出しているのに、相手の反応が鈍い時、そういう時は、相手が言いたいことはそのことではないかもしれないと考える必要があります。
その場合は、これが本心かと推理する話題の周辺をなんとなく話してみる。
『コミュニケイションのレッスン』鴻上尚史(だいわ文庫) P149
こちらでも、この本の中には「こう言う場面では」「こんなふうに聞いてみる」と話の振り方も丁寧にさすがは劇作家の鴻上さん!その場面が思い浮かぶように説明してくださっていて、ため息が出るほどです。
これまでの家族関係、その他の人間関係、「サブ・テキスト」にもっと注意を払っていたら、良い関係、そして幸せなものになったかも知れないと、振り返って思わずにはいられないのでした。
そして、ただ、自分はそういう難しいことはやめて、なるべく語っていることと思っていること、言いたいことは違わないようにしたいとも思うのでした。そのためには自分の中にある心の奥底の氣持ちに自分自身がちゃんと氣付いてあげられているかどうか、自分で自分の氣持ちを誤魔化していないか、ということも大切になってくると思うのでした。
【「迷惑」か「お互いさま」か】P223
「交渉する」力が落ちていることの理由のもうひとつは、「人に迷惑をかけない」という育て方が大きいのじゃないかと僕は思っています。
『コミュニケイションのレッスン』鴻上尚史(だいわ文庫)
これを、『転んで泣いている子供に手を出すか、出さないで見守るか』、『市販のお菓子を与えるか、与えないか』こう言った子育てではよく出会す場面での相反する行動を例に出して、何が迷惑で何が迷惑ではないか、そこがはっきり分かっている相手、つまり「お互いが共通の価値観で生きている世間」でのみ通用するのが「人に迷惑をかけない」と言っていいルールだとここには書かれています。
なぜなら、
一度、実社会に出て、ビジネスの現場に立てば、何が迷惑でなくて何が迷惑か分からない「社会」を知るからです。こっちの都合と相手の都合がぶつかり、これはあきらかに相手の迷惑になるのだけれど、そうしなければこっちの商売が成り立たないとか、相手の都合を考えていたらこっちはあきらかに迷惑だとか、よかれと思ってやったことが相手にとってはとても迷惑だったとかー共通の価値観がない現場を知ると、簡単には、「他人に迷惑をかけない人」が子育ての一番の目標にはできなくなるのです。
『コミュニケイションのレッスン』鴻上尚史(だいわ文庫)
「他人に迷惑をかけない」と言う育て方で鴻上さんが心配していらっしゃるのは、
小さい頃から「他人の迷惑にならないように」と教育された子供達が大きくなって、ビジネスや組織の現場で、価値が対立するコミュニケイションに飛び込むだろうかと僕は考えます。相手と対立し、相手の提案を拒否することは、「相手に迷惑をかけること」だと思うんじゃないかと心配するのです。
少し考えれば違う気もするけれど、「他人に迷惑をかけない」という強烈な刷り込みが頭から離れない。だから、最初からなるべく交わらないようにしよう。コミュニケイションは最低限におさえて、自分のやるべきことだけをやろうーそう結論するのはある意味、自然な流れのような気がします。
『コミュニケイションのレッスン』鴻上尚史(だいわ文庫)
だそうです。
「自分のやるべきことだけをやろう」といった考え方や行動は一見、大切なように思えるし、良いことのように思えますが、「最初からなるべく交わらないようにしよう」「コミュニケイションは最低限におさえよう」というところから来ているものとしたら、それはちょっと引っかかる。
鴻上さんはこう続けます。ここはとても大切に感じるので引用が長くなります。
【人は一人では生きていけない】
「人は人と交わらなければ生きることはできない。問題は、それを迷惑と感じるか、お互いさまと感じるかだけだ」という言い方があります。
「迷惑」と「お互いさま」は、同じ行為をどう見るかだけの違い、ということです。
もともとこの言葉は、誰にも相談せず思い詰めて自殺を試みた人とか、一人抱え込んで病気になってしまった人とか、いつも人と距離を置いて孤独をこじらせてしまった人に向けてのものです。
人は一人では生きていけません。具体的な意味で、一人では生きていけないのです。どんなに孤独に耐えていると思っても、どこか精神のバランスは危うくなっていすはずです。
まして、職場やクラス、家庭など、周りに人がいるのに、一人で誰にも頼らず、迷惑をかけないで生きていこうと思ったとしたら、その決意はかなり周辺の人々を混乱させているか、振り回しているはずです。
苦しい時に苦しいと言うから人間は生きていけるのです。困ったときは困った、助けて欲しい時は助けて欲しいと言えるから人間は精神のバランスが取れるのです。
ストレスに強い人とは、一人で抱え込む人ではなく、うまく周りの人と話すことで発散できる人なのです。
(中略)
苦しい時に苦しいと言うのは、迷惑ではありません。お互いさまです。苦しいと言ったあなたは、次は相手の苦しいと言う言葉を聞けばいいのです。人間はそうやって助け合って生きるのです。
『コミュニケイションのレッスン』鴻上尚史(だいわ文庫) P226
下線部分は特に心に残ったところです。ただ「周りに人がいるのに、一人で誰にも頼らず、迷惑をかけないで生きていこうと思っ」ている人がいるとしたら、その思いに至るまでに一体何があったのだろうと思います。
「助けて」「手伝って」と口に出しやすい関係が周りと築かれているかどうかも、本当に大切なことです。
あなたが濃密な「世間」に生きているのなら、積極的にその人たちに頼るべきです。そして、次に相手が苦しい時は、同じように積極的に受け入れればいいのです。それは「迷惑」ではなく、「お互いさま」です。一生、ケガもせず、精神も落ち込まず、体力も失わないと確信を持って断言できる人だけが、この「お互いさま」の輪から飛び出せばいいのです。
『コミュニケイションのレッスン』鴻上尚史(だいわ文庫) P226
そして、その濃密な「世間」で、頼れる環境があるのはありがたいことですね。でも、逆バージョンの「お互いさま」で「うちも大変だからできない」という人ばかりだったら?その時も、思いきってその「世間」は飛び出したほうが良いと、そして公的機関にも相談したり、とにかく「自分だけでなんとかしよう」と思ったり、「その『世間』の中でだけでなんとかしよう」としないことだと個人的には思います。
もし、あなたが薄い「世間」に生きているのなら、苦しい時に苦しいと言う時、あなたのできる範囲でポジティブに語ることが重要です。微笑みながら言う必要はありません。ただ、(中略)あなたができるギリギリのポジティブな言い方や表情で、苦しいと語ることが大切なのです。
生きていることが辛いと、それでも前を向きながら語ること。なんとかしたいと思いながら悲鳴を上げること。
『コミュニケイションのレッスン』鴻上尚史(だいわ文庫) P226
これは「話す」にも通づるところだと思うのですが、こんなに細やかに、教えてくれる人はなかなかいないと思います。
この本は文庫本です。この値段で良いの?と思うくらい!小さなこの本の中に、コミュニケイションについて、世間・社会で生きて行きやすいように事細かに丁寧に伝えてくれている内容の詰まった本です。こんな人が身近にいてくれたら心強いだろうなぁと思える、寄り添ってくれる一冊だと思います。
あともう少し、この本で特に心に留めておきたい箇所があったのでその3へ続きます。
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コミュニケイションのレッスン (だいわ文庫)